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全豪オープンの歴史

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概要

創設から1世紀以上の歴史を持つ全豪オープンも、現在のシステムを確立するまでには、さまざまな変遷がありました。当初はオーストラリアとニュージーランドの共同大会として誕生。開催時期や会場が固定化され、現在のシステムが確立されたのは1988年です。この年以降、参加選手も国際色豊かな顔ぶれとなり、世界中に注目される大会へと成長し続けています。

男子の2部門で始まった創設期-2度の名称変更で“全豪オープン”に

クーヨン・テニスクラブ創設から1世紀以上の歴史を持つ全豪オープンも、現在のシステムを確立するまでには、さまざまな変遷がありました。当初はオーストラリアとニュージーランドの共同大会として誕生。開催時期や会場が固定化され、現在のシステムが確立されたのは1988年です。この年以降、参加選手も国際色豊かな顔ぶれとなり、世界中に注目される大会へと成長し続けています。

メルボルン・パークオーストラレーシア・テニス選手権で始まった大会は2度、名称を変更しています。1度目はオーストラリア単独開催から5年後の1927年に、オーストラリア選手権(Australian Championship)と改められました。そして、現在の正式名称でもある全豪オープンに変更されたのが1969年。プロやアマチュアを問わず、すべてのテニス選手に門戸が開かれたことから、オープン(開く)という名称が用いられたのです。



持ち回り制からメルボルン固定開催へ-1988年に現行システムが確立

クーヨン・テニスクラブ開催時期や会場が現在の形に定着するまで、全豪オープンはさまざまな変遷を経てきました。1972年にメルボルンのクーヨン・テニスクラブで開催されるまで、開催都市や会場は毎年持ち回りでした。開催都市はオーストラリアのメルボルン52回、シドニー17回、アデレード14回、ブリスベン7回、パース3回、ニュージーランドのクライストチャーチとヘイスティングスがそれぞれ1回です。1972年にメルボルン開催が固定化され、1988年には現在と同じメルボルンパークに移転。この移転に伴い、サーフェイスもグラス(芝)からハードコートに変更しています。開催時期もまた、1月や12月、12月末〜1月初めなど、その年によってさまざまでしたが、1987年大会から1月中旬〜下旬に定着しました。開催時期の変更・定着化のため、1986年大会は中止されています。

メルボルンパークメルボルンパークに移転した1988年に男女シングルスの対戦方法などが整備され、全仏・ウィンブルドン・全米と同じ仕組みになりました。グランドスラムのトップを切って開催される現在のシステムは1988年に確立され、世界中に注目される国際色豊かな大会へと躍進し続けています。


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