1905年に全豪オープンの前身、オーストラレージアン・テニス選手権が誕生しました。それから1世紀以上の歴史を刻み、成長し続けた全豪オープン。創設から現行システムの確立に至るまで、そのターニングポイントをご紹介します。
| 1905年 |
オーストラレージアン・テニス選手権(Australasian Tennis Championship)として大会創設。当初はオーストラリアとニュージーランドの共同大会で、男子のシングルスとダブルスの2部門のみ実施。 |
| 1916‐1918年 |
第一次世界大戦のため3年間大会が中止。 |
| 1922年 |
女子のシングルスとダブルス、混合ダブルスの3部門が創設。ニュージーランドとのパートナーシップを解消。この年からオーストラリア単独の大会に。 |
| 1927年 |
オーストラリア選手権(Australian Championship)に名称変更。 |
| 1941‐1945年 |
第二次世界停戦のため5年間大会が中止。 |
| 1969年 |
オープン化され、正式名称も全豪オープン(Australian Open)に変更。 |
| 1970‐1985年 |
混合ダブルスの競技が中止。 |
| 1972年 |
この年から大会会場がメルボルンのクーヨン・テニスクラブに定着。 |
| 1987年 |
この年から開催時期が現在と同じ1月中旬〜下旬に定着。 |
| 1988年 |
大会会場がメルボルンパークに移転。以後、会場が固定される。サーフェイスもグラス(芝)からハードコートに変更。 |